先日のブログで私は「根性野球が嫌いだ」と書きました。
以前にも言ったことはあると思いますが、野球を指導する上で重要だと感じることなので再び書きたいと思います。
コーチ陣にも常に言っていることですが、再確認のためご一読を。

そもそも「根性野球」とは何だろう。
一般的な印象としては選手に気合が満ち溢れてる様子であろう。
具体的に言うと、
ノックであきらめずに向かってくる姿勢。
ランニングで苦しくても全力で走る姿勢。
指導者に叱責されても歯を食いしばって頑張る姿勢。
まぁ以上のようなことを「根性野球」と呼ぶのであろう。

指導者としてはこのような選手は非常にありがたい存在である。
指導者が誘導しなくとも気合が入っているのだから楽である。
だから「気合」や「根性」を選手に求める指導者が多いのだと思う。

しかし、根性だけでは野球の試合に勝てない。

根性むき出しだがストライクの入らない投手・・・
根性むき出しだが捕球もスローイングもできない野手・・・
根性むき出しだがバットにボールが当たらない打者・・・
こんな選手を持つチーム。
一方、
根性はないがコントロールがよく球の速い投手・・・
根性はないが捕球もスローイングも素晴らしい野手・・・
根性はないがすごく打つ打者・・・
こんな選手を持つチーム。

これ、はっきり言って後者が勝つ。

ではなぜ指導者は根性を求めるんだろう?

根性のある選手は指導しやすいから上達も早い。
根性のある選手が多いほど早く上達する選手が多いのでチームとしては強くなる。

本来の意味は以上のような考え方だと思うのだ。
そう考えると根性は必要なのだ、と思ってしまう。

しかしながら、根性野球の最大の欠点は自主性が育たないということなのだ。
常に言われたことをこなすという受け身の状態が続くので自発的な考えが薄れてしまうのである。
選手の立場からすると「野球をやらされている」という印象になる。
高校野球に多いのがこのパターンだ。

やらされている野球ほどつまらないものはない。
やらせている方はストレスはないが、やらされている方はストレスでしかない。
自分の考えや興味や理想を持つ選手が、魅力あふれる野球選手へと成長していくのだと私は思っている。

私は野球において「前向きな気持ち」は大切だと思う。
前向きな気持ち、即ち向上心があると練習でも吸収力が違う。
しかし私は、向上心は望むものではなく向上心を育てることが少年野球指導で一番重要なことだと思っている。

知識や技術をしっかりと身に付けさせて結果を出させる。
すると自信が湧いてくるし、もっと上手くなりたいという欲が出てくる。
欲が出てくると自分で考えるようになる。

「どうすればもっと打てるようになるだろう」
「どうすれば次の塁へ進めるだろう」
「どうすればアウトにできるだろう」
「どうすれば打者を抑えられるだろう」
「どうすればもっと有効な指示が出せるだろう」
「どうすれば勝てるだろう」

この努力と結果と試行錯誤を積み重ねて子どもは成長していくのだと思う。
根性野球は否定するが前向きさは必要不可欠なのだ。
そして、選手に前向きさを出させるのは指導者の役割なのである。

TKドラゴンズが「自主性を重んじ自分自身で考えることができる選手を育てる」ということを基本指導方針とする理由である。

指導者としてはついつい根性を求めてしまうことがある。
楽だから。
常にその誘惑と戦い自分を戒めることが指導者には必要なのだ。
「こいつ根性ないなぁ」と心でつぶやきだしたら黄色信号である。

私は自分の育てた選手たちが自分の意志で生き生きと野球をする姿を知っている。
それが根性野球よりも管理野球よりもどんな野球よりも美しいことも知っている。
選手ひとりひとりが輝いている野球が見ていて一番面白い。