今回はベンチワークについてちょっとお話したいと思う。
野球は攻撃と守備があるために他の団体スポーツに比べるとレギュラー選手のベンチにいる時間は比較にならないくらい多い。
例えばサッカーやラグビーはハーフタイムにしかミーティングはできないし、バスケットボールやバレーボールにしても少ないタイムの時間かセットとセットの間にしかミーティングはできない。
基本的にプレー中は選手に任せるしかない。
ところが野球では守備についていてチェンジになれば選手は必ずベンチに帰ってくる。
攻撃中でもバッター、ランナー以外はベンチにいる。
守備中でもタイムを取って野手を集めることができるのだ。
ということは、相当複雑な戦術を使えると同時にベンチワークによって選手の士気を高めることもできるが、下げてしまうこともあるのである。
選手を指揮する監督は、戦術面・精神面を駆使して試合に臨むことができるが、これらを使いこなせなければ優れた選手を揃えていても試合に勝てないということも言えるのだ。
私は高校時代にこの采配を目の当たりにしている。
それまでノーマークだった立命館高校を京都の秋季大会で3位にし近畿大会へ進ませ、近畿大会では準優勝させ翌年の春の選抜に出場させた北清水監督の手腕を同じベンチで選手として見ていたのだ。
当時の北清水監督の采配はこうである・・・
試合を前にして技術的な指導は一切ない。
「練習を積んできているのだから、今更何も言うことはない。その練習が通用しないのならワシの責任や。」
と言い放つ。
もちろん試合中の指示もない。
「戦略も動きもわかってるはずや。もしわかってないならわからせてないワシの責任や。」
と言う。
試合前の相手のノックでは、「田中の方がうまい。誰々の方がうまい。」とぶつぶつベンチで言っている。
「相手を見下す必要はないが、お前らの方がうまいから相手は怖いはずや!」
と選手を鼓舞する。
不思議なことに選手たちはそんな気になるのである。
試合前の整列では相手より早く飛び出し、遅れて並ぶ相手の目を見る。
プレーボールの前から試合は始まっている。
「相手に合わすな!こっちに相手を合わさせろ!」
と常に遅れることを嫌っていた。
先手必勝なのだ。
私は3番打者だった。
一度スクイズのサインに私が「なんで?」という顔をしたらしい(引退してから約30年間、北清水監督が亡くなられるまで言われ続けた)のだが、それ以来チャンスで私に回ってくると「任せた!打て!」
と言い続けていただいた。
ただ・・・逃げられないことに気付き必死で素振りをするはめになる。
秋の大会の前に和歌山の箕島高校へ遠征に行ったとき、吉井(元メジャー)の投球練習を見てベンチの選手が「え!」って言ったときも「速くない!見えとるがな!」と制した。見えない球を速いと言うらしい・・・
球速145kmであった。
たまには訳の分からないこともある。
近畿大会の準々決勝、和歌山1位校の星林高校との試合。
ともに勝てば甲子園出場が確実となる大一番。
1-0でリードしていたが、中盤にプレッシャーが立命館高校エース山口にのしかかり制球がみだれだした。
なんとか抑えてベンチへ帰り円陣を組む。
北清水監督は、山口の股間をわしづかみにして「お前金玉何個ついてるんや!」と聞いている。
「2個です!」山口が答える。それ以外の答えはない・・・
「ほな大丈夫や」
円陣の中に隠れて何をしているのか周りには見えないが、テレビ中継のある試合なら映像も音声も放送禁止である。
緊張を解く技なのかなんなのか分からないが、その攻撃で山口はレフトスタンドへ値千金のホームランを叩き込んだ。
打撃の緊張もとれるようだ。
審判が後輩だったときは試合前に
「わかってるやろな」
とすごんでいる。
なんかベンチが匂うなぁと思ったら、
「犬のフン踏んでしもたけどウンがついてるからお前ら勝てる」
とフンを取らずに座っている。
逆転勝ちした後は
「負けると思ってたんはワシだけや、お前ら強いな」
と感心する。
準決勝、大阪1位校の上之宮高校戦「アンダースローは左の多いうちは目つむっても打てる」と言われ大会ナンバーワン投手をKOした。
決勝戦は、大阪2位校の泉州高校。
なぜかこの時は試合前から何も言われなかった。甲子園は確定していた。
1-9で負けた。決勝戦以外ならコールド負けであった。
相手投手は、アンダースローだった。
ひょっとしたらこれが実力だったのかもしれない・・・
私は北清水監督を今でも尊敬している。
そして北清水野球を踏襲している。
だから私は、
試合中に選手がミスをしても何も言わない。
試合中に選手が判断に迷っても指示をしない。
試合中に戦略を理解できていなくても何も言わない。
打てなくてもエラーをしても何も言わない。
それは指導者である私の責任なのだ。
だから私は、
選手たちを勝たすためにベンチでできる全ての手を尽くす。
それだけに専念する。
相手を褒める暇があったら自分の選手を褒める。
だから私は、
負けても選手たちに愚痴を言わない。
次の練習でできなかったところをできるようにするだけなのだ。
理解できていないところを理解させるだけなのだ。
試合後のダメ出しミーティングに利など無い。
出来たことを褒めるのみ。
だから私は、
選手を他の選手と比べない。
選手一人一人の性格や技術は人と比べるためのものではない。
それをどう活かすかがどう伸ばすかが指導者の手腕である。
先日の試合で、私は試合前に「楽しめ」と言ってしまっている。
そんなこと言ったから結局誰も楽しめなかったのだ。
また一つ勉強させてもらった。
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