皆さんは、野球をしている子どもたちが目を輝かせる瞬間をご覧になったことがあるだろうか。

野球をしているというくくりがあるので少し難しいかもしれないが、その瞬間は大人の想像を裏切るような顔をする。
もちろん、眼がキラキラ輝くというのは比喩であり、実際は輝くように見えるのだが、この表情が実に面白い。

眼を輝かせる瞬間というのは、全ての意識が一点の興味に注がれる瞬間である。

皆さん自身も経験があると思うが、小学校高学年ともなると、子どもとはいえ結構なんでも知っている。
大人が望んでいる考え方や行動を知っているし、そのように振る舞うという対応もできるのだ。
大人からどういうことを注意されるかという予想をたてているし、たいがい予想通りのことを大人は言う。

道徳教育が行き届いている結果だと感じる。

少年野球でも同じことが起こる。
予想通りの注意を指導者から受けることが多い。

しかし、あらかじめ予想できるようなことを言う指導者では、残念ながら子どもたちの心は動かない。
テレビでプロ野球を見ている日本人のおじさんの8割ぐらいが野球についてよく似たことを言う。
日本の少年野球の8割ぐらいの指導者もまた野球についてよく似たことを言っているのである。
だから子どもは予想できるのだ。

野球でも何のスポーツでもそうだと思うが、経験した者しかわからないことがたくさんある。
技術、理論、メンタル指導の全てにおいてプレーヤーとしてのあるいは指導者としての経験値が大きく影響する。

簡単な例を出すと・・・
「守備の基本はキャッチボールだ」ということを疑う人はいないし、まさにその通りなのである。
だが「キャッチボールとは何のために必要なのか」と聞かれて正解する人は少ない。
日本の8割のおじさんは「狙ったところに投げて、身体の正面でしっかり捕るため」と言うだろうが、これでは正解とは言えない。これが子どもでも予想できる答えなのである。
すんなり答えを言うと、
「キャッチボールは、アウトにするための基礎」なのだ。
アウトにするために守っているという簡単な本質を見過ごしている指導者は多い。
身体の真ん中でしっかり捕って相手をよく見てしっかり投げてしまったためにセーフになるなら、どんな体勢であれ素早く捕って一か八かでスローイングすればアウトになるかもしれない。
このようなプレーをするために、クイックスローや遠投がキャッチボールの中に組み込まれているのである。

タイミングの微妙な打球には、いかにスピーディーに打球を処理できるかがアウトを取るうえで重要なポイントになってくる。
軸足を踏ん張った状態で逆シングルで捕り、振り向きざまにサイドからスローイングさせる理由はそれである。
セカンドが一二塁間の打球をライト方向へ走りライトの前で捕ってノーステップで送球させることも理由はそれである。
全て微妙なタイミングの打球をアウトにするためなのである。
基礎は基礎として、試合のプレーはほとんどがその応用や変形なのだ。
基本の動きができる選手限定ではあるが、私は応用をどんどん指導する。

以上の話はほんの一例である。
それまでの概念を覆され、なおかつそれが理にかなっている時、子どもたちは目の奥の方から私の目に焦点を合わせ、私の一言一句を理解しようと私を凝視する。
その表情はどちらかと言えば無表情に近く、眼球だけが息をしているように見える。

年に何回か、子どもたちのこのような表情に出くわすことがある。
この表情をした子どもたちは、ほどなく急速に上達する。
やらされている練習から、興味を持って自らやる練習へと変わるのだろう。

子どもたちのこんな表情を見ることのできる私は、本当に幸せ者だ。