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「会長のひとり言20」~私はバントのサインを出さない~

TKドラゴンズの試合をご覧になって、気付いておられる方も多いと思うが、TKドラゴンズにはチーム創立以来バントのサインが無い。

バントシフトの練習はしてもバントの練習は一切しない。従って、バントをする選手は一人もいない。

 

私の自論を言うと、高校野球でも大学野球でもプロ野球でも、ごく限られた場面でしかバントをする必要はないと思っているが、場面によってバントは必要であると思っているし、バントを完全に否定しているわけではない。

ただ、私は小学生にバントをさせる必要はないと思っているのだ。

なぜなら、送りバントやスクイズは打者にとって何の成長にもつながらないと感じているからである。

そして、これがバントのサインを出さない答えなのだが、「どんな結果が出ようとも、チャンスで打つことが全ての打者を成長させる」という私の信念に基づいてのことなのである。

 

私がこのような信念を持つに至った出来事がある。

私は高校時代にバントを二度試みている。いつかのブログで触れたことがあるのは高校時代のスクイズである。練習試合だった。3番打者の私がワンアウト2塁3塁というチャンスで打席に向かいベンチの監督を見ると、スクイズのサインが出ている。「なんで?」と思った。前にも触れたが、引退後、監督から長きにわたり「わしのサインに不満な顔をしたのは田中だけや」と言われ続けた。「なんで?」が思いっきり顔に出ていたらしい。

結局、スクイズを空振り・・・ツーアウト3塁となった後、私はツーベースを打ち1点が入った。で、それ以来、私にはバントのサインは一切出なくなった。

この思い出は、スクイズこそ失敗したが私にとっては成功体験だった。「田中はチャンスに打てる打者だ」と認めてもらった思い出なのである。

しかし、あと一つのバントの思い出が、私のバントに対する考え方を決定的なものにしたのだと思っている。

スクイズを失敗した数か月後の練習試合だったと思う。相手も勝敗も覚えていないが、この場面だけが今でも頭にこびりついている。

ワンアウト1塁2塁。私には「打て」のサインが出ていた。しかしこの日、私は打撃の精彩を欠いていた。調子の悪い時にありがちな「打てる気がしない」という日であった。

弱気になった私は、最悪でもツーアウト2塁3塁という形が残るセーフティーバントを選択した。三塁手が無警戒だったこともあり、意外なほど簡単に内野安打になった。ワンアウト満塁にチャンスは広がり、4番5番が点を取りに行く。

「ナイスバント」というベンチからの声が微かに聞こえる。別に悪くない。結果から言えばナイスバントだ。しかしである。私はファーストベース上で、今までに経験したことのない恐ろしいほどの自己嫌悪に襲われていた。

「最悪」「逃げた」「3番打者失格」・・・みんなの目がそう言っているようにしか感じられなかった。

実際に完全に逃げたのだ。それを自分が一番自覚していた。そう、チャンスで凡退する怖さから逃げたのである。

打者としてこれほど後悔した内野安打は、後にも先にもこれだけだった。

このセーフティーバントを最後に私は一度もバントをしていない。

恐ろしいほど後悔はしたが、結果的に手に入れたものは大きかったように思う。来た球を打ち損じることよりも、打てる球をスイングしない方がよっぽど情けないと感じるようになった。このあたりから、打つための努力をするようになったし、バッティングについて深く考えるようになったと思う。

 

この経験が大きな要因となり、私はTKドラゴンズの選手にはバントをさせないのだが、私の信念としては「バントをさせない」のではなく「打つことから逃げさせない」ということなのだ。

 

例えば、ノーアウト1塁2塁で9番打者にバントさせてしまうと、この9番打者はいつまでたっても打てない選手のままである可能性が高くなる。

しかし、ノーアウト1塁2塁で9番打者が打つしかないのなら、この9番打者は必ず打てる努力をするはずなのだ。打って結果を出すことがレギュラーを確保する手段だとしたら打つ努力をするしかないし、そして打つ努力をしたならば、この9番打者は3番打者にもなり得る可能性が出てくるのだ。

打てない選手は送りバントを決めればアウトになっても胸を張ってベンチに帰れる。

打てない選手にバントをさせないということは、ヒットを打つしか胸を張ってベンチに帰ることができないという状況を作ることなのだ。

ただ、この副作用として下位打線が四球を選ぶケースが増える。バントもできない、打つ自信もあまりないとなると、考えることは「なんとかフォアボールで出塁して失敗することだけは避けよう」となる。その気持ちは分かる。しかし、打てる球を見逃してボールを4球待つのは打つことから逃げていることになるし、打者としての進歩が望めない。だいたいフルカウントになるとストライクでも体は反応せず見逃しの三振というケースが多いのだ。失敗しないために四球をもらおうとして結果的には大失敗をする。これを防ぐためにファーストストライク、セカンドストライクをスイングしない選手は叱るのだ。

 

チャンスに打席が回ってくる。「打てなかったらどうしよう」

どんなに優れた選手でも必ず一度は経験する心理状況である。

この不安を振り払い、打つ勇気を手にする方法はただ一つ。

打つ努力をしてチャンスで打つ経験をすること。チャンスで打った時の快感を知ること。チャンスで打った時にベンチや応援団が湧き立つ景色を体感すること。この成功体験を持っている選手は、この快感を求め続けて努力するし、快感を知っているからこそ、例え調子が悪かったとしてもスイングする勇気を持つことができるのだ。

 

余談ながら、今年のチームはスタメン9人のうち打率3割以上を打っている選手が現時点で7名いる。3月の時点では、お世辞にも打てるチームとは言えなかった。それが3ヶ月で強力打線に変身したのだ。前チームでバントしかさせてもらえなかった選手が3割をキープしている。「バッティングは苦手です」と顔に書いてあった選手が4割を打っている。三振を大量生産していた選手が3割を打っている。もしもTKドラゴンズにバントのサインがあったとしたら、この結果は絶対に出ていない。そう確信している。

 

時代は変わった。

高校野球でも昔に比べて送りバントやスクイズが激減している。数十年昔「27個のアウトのうち送りバントが9個でした」なんて試合はざらにあった。しかし、今では選手の体格もパワーも昔の高校生とは大違いだ。当たれば外野の頭を超えるしフェンスも超える。ノーアウト2塁から一つアウトを献上してワンアウト3塁。ツーアウトランナー無しになるリスクを背負ってスクイズで1点。そんなことするより、ノーアウト2塁から3人続けてフリーで打たせて誰か一人がヒットを打つ確率の方が高いし、二人がヒットを打てば2点3点が入る。そういう野球をしているチームが甲子園の切符を手にする。

プロ野球にしても、考え方は大きく変わっている。バントの職人なんて今はいないし、誰も望んでいない。スクイズで勝つことをファンは望んでいないのだ。打ってなんぼの野球になってきている。

 

少年野球では、バントをエラーする確率や内野安打にする確率は高いし、有効な戦略かもしれない。しかし、打者として成長できる戦略を私は採用する。